あの、『三国志』では、呂布や関羽といった豪傑の乗馬として名高い「赤兎馬」という馬が登場します。この馬、『三国志演義』では、「汗血馬」として性格付けされているのですが、「汗血馬」の説明、道元禅師の名文でご紹介しましょう。
たてるたけ八尺なる、これを龍馬とす。この馬、ととのふること、人間にすくなし。
また千里馬といふむまあり、一日のうちに千里をゆく。このむま、五百里をゆくあひだ、血汗をながす、五百里すぎぬれば、清涼にして、はやし。このむまにのる人、すくなし、ととのふる法、しれるものすくなし。このむま、神丹国にはなし、外国にあり。このむま、おのおのしきりに鞭を加すとみえず。
『正法眼蔵』「四馬」巻
そもそも「四馬」巻というのは、いわゆる衆生の機根を4つに分けて、その4つについて、仏陀如来が、如何にして指導をしていったかを示した一巻ということになります。如来には、「十号」という十種の敬称の1つに「調御丈夫」というのがありますが、これは良く「統御する者」という意味であり、如来が人天の衆生を良く教化して仏道に導き、菩提を得せしめることから、御者に例えて調御丈夫といいます。つまりは、「丈夫の調御者」ということです。
そこで、「古徳いはく、調馬必ず鞭を加す。鞭にあらざれば、むま、ととのほらず、これ調馬の法なり」(同巻)という考え方が普通であって、馬を調えるには、必ず鞭を必要とするわけですが、道元禅師は鞭すら要しないで、ドンドン調っていく存在を先の文章で示そうとしています。いわゆる、鞭というのは、この世間に於ける調整法というわけですが、この世間を超えた出世間としての調整法を指摘しようとしているのです。
道元禅師がその例で挙げたのが「龍馬」と「千里馬」ということになるわけですが、龍馬は凄いですね。背丈だけで2メートル40センチ程度ということで、かなりの大きさです。今のサラブレッドよりも大きいでしょう(同種の場合、160〜170センチ程度とのこと)。イメージするのは、『北斗の拳』に出て来たラオウの愛馬である黒王号。或いは、『花の慶次』に出て来た松風号でしょうか。この馬は、もう神秘的存在に達しているので、これを調えた例は、人間界では少ないとされています。
そして、この記事で採り上げたいのが「千里馬」ということです。同種は、1日で千里を走ります。ところで、現在の日本では江戸時代の影響で、1里=約4?と認識されているでしょうが、中国では1里=約500mなのです。4?で考えると、千里馬が1日で走る距離は4000?ということとなってしまいまして、東京からの距離だと、ベトナム辺りということになります。一方で、500mだという中国の単位で考えると、500?です・・・まぁ、これが妥当では?
その1日500?走るという千里馬ですが、これが別名「汗血馬」ともいいます。千里馬というと、朝鮮半島にもいるという伝説の馬で、北朝鮮では社会主義国家建設のため、1日何時間でも頑張って労働するという意味で、「千里馬精神(チョルリマ)」とかいうそうですが、汗血馬もそう呼ばれます。道元禅師は、1日千里の内、500里(250?)までは、血の汗を流しつつ、それ以降は清涼となって足も速くなるそうです。中国にはおらず、その他の国(実際に、中央アジアでの目撃例が多い)で見られるとし、更に調える法を知っている者も少ないといいます。
この辺の記述は、いわゆる『演義』に於ける「赤兎馬」にも似た文脈を感じます。道元禅師が実際に、何を見聞してこの一節を書いたかは、ちょっと分からないようですが、その博覧強記ぶりを知られる一節として、拙僧は拝読しております。凡馬である拙僧から流れる汗は、ただの汗でありますが・・・鞭もたくさん頂戴しそうです。もちろん、そういう趣味・性癖ではなくて(汗)
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たてるたけ八尺なる、これを龍馬とす。この馬、ととのふること、人間にすくなし。
また千里馬といふむまあり、一日のうちに千里をゆく。このむま、五百里をゆくあひだ、血汗をながす、五百里すぎぬれば、清涼にして、はやし。このむまにのる人、すくなし、ととのふる法、しれるものすくなし。このむま、神丹国にはなし、外国にあり。このむま、おのおのしきりに鞭を加すとみえず。
『正法眼蔵』「四馬」巻
そもそも「四馬」巻というのは、いわゆる衆生の機根を4つに分けて、その4つについて、仏陀如来が、如何にして指導をしていったかを示した一巻ということになります。如来には、「十号」という十種の敬称の1つに「調御丈夫」というのがありますが、これは良く「統御する者」という意味であり、如来が人天の衆生を良く教化して仏道に導き、菩提を得せしめることから、御者に例えて調御丈夫といいます。つまりは、「丈夫の調御者」ということです。
そこで、「古徳いはく、調馬必ず鞭を加す。鞭にあらざれば、むま、ととのほらず、これ調馬の法なり」(同巻)という考え方が普通であって、馬を調えるには、必ず鞭を必要とするわけですが、道元禅師は鞭すら要しないで、ドンドン調っていく存在を先の文章で示そうとしています。いわゆる、鞭というのは、この世間に於ける調整法というわけですが、この世間を超えた出世間としての調整法を指摘しようとしているのです。
道元禅師がその例で挙げたのが「龍馬」と「千里馬」ということになるわけですが、龍馬は凄いですね。背丈だけで2メートル40センチ程度ということで、かなりの大きさです。今のサラブレッドよりも大きいでしょう(同種の場合、160〜170センチ程度とのこと)。イメージするのは、『北斗の拳』に出て来たラオウの愛馬である黒王号。或いは、『花の慶次』に出て来た松風号でしょうか。この馬は、もう神秘的存在に達しているので、これを調えた例は、人間界では少ないとされています。
そして、この記事で採り上げたいのが「千里馬」ということです。同種は、1日で千里を走ります。ところで、現在の日本では江戸時代の影響で、1里=約4?と認識されているでしょうが、中国では1里=約500mなのです。4?で考えると、千里馬が1日で走る距離は4000?ということとなってしまいまして、東京からの距離だと、ベトナム辺りということになります。一方で、500mだという中国の単位で考えると、500?です・・・まぁ、これが妥当では?
その1日500?走るという千里馬ですが、これが別名「汗血馬」ともいいます。千里馬というと、朝鮮半島にもいるという伝説の馬で、北朝鮮では社会主義国家建設のため、1日何時間でも頑張って労働するという意味で、「千里馬精神(チョルリマ)」とかいうそうですが、汗血馬もそう呼ばれます。道元禅師は、1日千里の内、500里(250?)までは、血の汗を流しつつ、それ以降は清涼となって足も速くなるそうです。中国にはおらず、その他の国(実際に、中央アジアでの目撃例が多い)で見られるとし、更に調える法を知っている者も少ないといいます。
この辺の記述は、いわゆる『演義』に於ける「赤兎馬」にも似た文脈を感じます。道元禅師が実際に、何を見聞してこの一節を書いたかは、ちょっと分からないようですが、その博覧強記ぶりを知られる一節として、拙僧は拝読しております。凡馬である拙僧から流れる汗は、ただの汗でありますが・・・鞭もたくさん頂戴しそうです。もちろん、そういう趣味・性癖ではなくて(汗)
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