いやまぁ、色々とその「病状」などが取り沙汰されていて、同教団からの正式な発表がない点で、憶測を呼ぶのだろう。
先月ネットで、創価学会の池田大作氏が死去か(20110311μSv/h)という「2013年3月8日 7時00分配信」の記事が話題になっているというので、拙僧も確認してみた。するとこう書いてある。
公明党の支持母体で、800万もの支持票を抱えるとされる宗教法人創価学会(東京都新宿区)の池田大作氏(名誉会長)が、都内の病院で死去したとの未確認情報が関係者の間やネット上で飛び交っている。死因は心筋梗塞とされている。
池田氏は、1928年(昭和3年)1月2日、東京府荏原郡入新井183番地(現・大田区大森北2丁目13番地)の大森海岸遊郭脇の麦畑にあったあばら屋で生まれたとされ、今年で85歳。
ここ数年は公の場に姿を現さなかったため、重病説や脳梗塞説、果ては死亡説まで飛び交っていたが、昨年1月には「原子力発電に依存しないエネルギー政策への転換を早急に検討していくべき」とする「平和提言」を発表。学会側は死亡説を否定していた。
※AREA 2013年3月11日号
正直、拙僧も驚いたので、朝日新聞社の『AERA』2013年3月11日号を確認した。だが、こんなことどこにも書いていない。すると、この記事を能く読めば良かったのだが、「AREA」とある。つまり、この記事は、「釣り」である(笑)なぁんだ、ということで、拙僧自身は何てことも無かったのだが、ネットはかなりの大騒ぎだったらしい。まぁ、池田氏は良くも悪くも関心が持たれているのだろう。
ところで、何で『AERA』だったのだろう?と思ったが(正しくはAREAという「ネタ」だったけど)、そういえばこの会社は以前、『創価学会解剖』(2000年、朝日新聞アエラ編集部)という書籍を刊行したことがあったのを思い出した。だから、同じようなネタが炸裂するとすれば、今度は「文春」辺りになるのではないか?と拙僧などは思っている。
それで本論である。
まぁ、今回の一件は「ネタ」だったかもしれないが、しかし、池田氏は今後必ず死ぬだろう。いや、これは悪意や他意はなくて、拙僧も必ずそうなるし、この記事を読んでいる人、全てが同様である。要するに「寿命は来る」という話に過ぎないのだが、問題は学会のその後である。正直、他の宗教団体のことなんて気にする必要も余裕も無いが、一応、今のところ彼らは日本で一番大きな宗教団体だってことになっているので、気にしないで良いということにもならないのが辛いところ。
実際どうなるんだろう?今回の「ネタ」に応答した人達のコメントを見ると、どうも、組織として崩壊するのを望んでいる人が多いように思えるが、そうはならないであろう。以前、と或る研究会で聞いた限りでは、この会も、時代によって随分と姿を変えているようなので、今後も同じく姿を変えつつ進んでいくのだろう。ここまでに成長したスケールメリットを、自分から手放すとも思えないので、必死になって維持することだろう。
優秀・・・かどうかは知らないけど、これだけの組織になれば官僚組織もしっかりしているだろうし、その気になれば、「池田氏の器」を引き継ぐ“次代のカリスマ”を作り出すこともするだろう。以前聞いた限りでは、M氏という人がいるそうで、拙僧もこっそり注目している。まぁ、本気で学会のことを追っているウオッチャーならば、もっと多くの名前や、状況が出てくるのだろうけれども、拙僧はここまで。
でも、実際に今後の日本の宗教ってどうなるのだろうか?1つ考えられるのは、多分に政教分離は、「政」の側からなし崩し的に壊れていくだろうということだ。先だって行われた「東日本大震災追悼」の祭事について日本政府は、天皇陛下にそれを行わせてしまった。あれなどは、本気で問題にすれば、政教分離違犯である。だが、「国が追悼すること」を望む人は多いかと思われ(余り良い意味で書いていないし、今この記事を読んで、自分もそうかも?と思った人は、その無自覚さの怖さに気付いて欲しい)、拙僧は憂慮している。
これは、首相による靖国神社参拝などよりも、余程大きくて深い問題である。政治が自ら追悼してしまったのだから。国家による宗教行為の不履行こそが、戦後の日本に求められた、政教分離の最大の目的だったはずだが、今回の震災を機に、それは失われた。やっぱり日本政府っていうのは、国家神道を追求したいんだなと思った。非常に残念である。
等々、1つのデマから余計なことも書いたけれども、中々今後の日本宗教界、面白そうであるが、政治からの抑圧は進みそうで、それだけが気がかりである。とりあえず、今日は4月1日なんでこんな話をしてみた。
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先月ネットで、創価学会の池田大作氏が死去か(20110311μSv/h)という「2013年3月8日 7時00分配信」の記事が話題になっているというので、拙僧も確認してみた。するとこう書いてある。
公明党の支持母体で、800万もの支持票を抱えるとされる宗教法人創価学会(東京都新宿区)の池田大作氏(名誉会長)が、都内の病院で死去したとの未確認情報が関係者の間やネット上で飛び交っている。死因は心筋梗塞とされている。
池田氏は、1928年(昭和3年)1月2日、東京府荏原郡入新井183番地(現・大田区大森北2丁目13番地)の大森海岸遊郭脇の麦畑にあったあばら屋で生まれたとされ、今年で85歳。
ここ数年は公の場に姿を現さなかったため、重病説や脳梗塞説、果ては死亡説まで飛び交っていたが、昨年1月には「原子力発電に依存しないエネルギー政策への転換を早急に検討していくべき」とする「平和提言」を発表。学会側は死亡説を否定していた。
※AREA 2013年3月11日号
正直、拙僧も驚いたので、朝日新聞社の『AERA』2013年3月11日号を確認した。だが、こんなことどこにも書いていない。すると、この記事を能く読めば良かったのだが、「AREA」とある。つまり、この記事は、「釣り」である(笑)なぁんだ、ということで、拙僧自身は何てことも無かったのだが、ネットはかなりの大騒ぎだったらしい。まぁ、池田氏は良くも悪くも関心が持たれているのだろう。
ところで、何で『AERA』だったのだろう?と思ったが(正しくはAREAという「ネタ」だったけど)、そういえばこの会社は以前、『創価学会解剖』(2000年、朝日新聞アエラ編集部)という書籍を刊行したことがあったのを思い出した。だから、同じようなネタが炸裂するとすれば、今度は「文春」辺りになるのではないか?と拙僧などは思っている。
それで本論である。
まぁ、今回の一件は「ネタ」だったかもしれないが、しかし、池田氏は今後必ず死ぬだろう。いや、これは悪意や他意はなくて、拙僧も必ずそうなるし、この記事を読んでいる人、全てが同様である。要するに「寿命は来る」という話に過ぎないのだが、問題は学会のその後である。正直、他の宗教団体のことなんて気にする必要も余裕も無いが、一応、今のところ彼らは日本で一番大きな宗教団体だってことになっているので、気にしないで良いということにもならないのが辛いところ。
実際どうなるんだろう?今回の「ネタ」に応答した人達のコメントを見ると、どうも、組織として崩壊するのを望んでいる人が多いように思えるが、そうはならないであろう。以前、と或る研究会で聞いた限りでは、この会も、時代によって随分と姿を変えているようなので、今後も同じく姿を変えつつ進んでいくのだろう。ここまでに成長したスケールメリットを、自分から手放すとも思えないので、必死になって維持することだろう。
優秀・・・かどうかは知らないけど、これだけの組織になれば官僚組織もしっかりしているだろうし、その気になれば、「池田氏の器」を引き継ぐ“次代のカリスマ”を作り出すこともするだろう。以前聞いた限りでは、M氏という人がいるそうで、拙僧もこっそり注目している。まぁ、本気で学会のことを追っているウオッチャーならば、もっと多くの名前や、状況が出てくるのだろうけれども、拙僧はここまで。
でも、実際に今後の日本の宗教ってどうなるのだろうか?1つ考えられるのは、多分に政教分離は、「政」の側からなし崩し的に壊れていくだろうということだ。先だって行われた「東日本大震災追悼」の祭事について日本政府は、天皇陛下にそれを行わせてしまった。あれなどは、本気で問題にすれば、政教分離違犯である。だが、「国が追悼すること」を望む人は多いかと思われ(余り良い意味で書いていないし、今この記事を読んで、自分もそうかも?と思った人は、その無自覚さの怖さに気付いて欲しい)、拙僧は憂慮している。
これは、首相による靖国神社参拝などよりも、余程大きくて深い問題である。政治が自ら追悼してしまったのだから。国家による宗教行為の不履行こそが、戦後の日本に求められた、政教分離の最大の目的だったはずだが、今回の震災を機に、それは失われた。やっぱり日本政府っていうのは、国家神道を追求したいんだなと思った。非常に残念である。
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