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「自然解」と「人為解」

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「自然解」というのは、本人に言わせれば「じねんげ」と読むらしい。かなり仏教的である。そして「自然解」と「人為解」とは、相対する概念である。いや、正確には、後者からは相対するが、前者からはどうだろう?後者を呑み込んでしまう気がする。これらを造語したのは、作家の里見?(1888〜1983)である。拙ブログであれば、【里見?『道元禅師の話』の話】という関連記事を書いている。

その里見氏だが、自らの小説について、特に初期の作品の傾向について論じた、片岡良一氏の評論について、「自然解」についての追究が甘いとしている。そして、「自然解」に、もう1つ「人為解」という言葉を即成すれば、申し分ないとしている。先ほどから、言葉の意味を書かないで話を進めているので、まとめてしまうけれども、この言葉は、片岡氏の評論の或る文章に対応するように示されている。孫引きになってしまうが次の通りだ。

それらの作にしろ(比較的新しい作品二、三を指す)、いずれもいわゆる需めに応じて書いたという程度のもので、上述の諸作(論題とされたところの初期の作品を指す)のような、素晴らしい意気込みを孕んだ作品ではなくなっているのである。
    里見氏「自然解」、岩波文庫『里見?随筆集』241頁

里見氏は、片岡氏が「需めに応じて書いた」と、これは正直「売文家」という酷評に近いようにも思えるのが、該当する最近の作品について、以下のような反論を行っている。

もし「素晴らしい意気込み」が覓められるならば、それは決して私の裡に衰えて行きつつあるとは思わない。ただ、氏が易く初期の作品から引き出すことの出来た「思想」や「主題」が、だんだん私の作からその露骨な姿を消しつつあるという意味ならば、それは一も二もなく承認する。
    前掲同著、242頁

ここまで書けば、「自然解」と「人為解」について理解できるだろう。里見氏は、自分が若い頃には、「思想」「主題」などを、かなり露骨な形で描いていたといっているのだ。これがいわゆる「人為解」である。人為的に、自ら構成的にそれらを定め、その上で作品を書いているといえる。ところが、里見氏、この評論がなされた時期に於いては、その構成的な状況について、自分でも無駄ではないかと思えるほどの努力を行って、消しているという。まだまだ意図的に消している感はあるが、しかし、自ら「自然解」とまで仰っているのだから、そういう構成的文章について、嫌になっていたようだ。

拙僧つらつら鑑みるに、この「自然解」と「人為解」について、この言葉自体は里見氏自身がふと思い付かれたモノのようだが、こういう言葉を聞くと拙僧などは、或る人の存在を想起する。それは、道元禅師である。

這の一段の事、未だ是れ人の強為にあらず、本と自り法の云為なり。
    『永平広録』巻8-法語11

このように、「人の強為」と「法の云為」という対比的表現を用いて、道元禅師は、「自己をはこびて万法を修証する」ありようを批判し、「万法すすみて自己を修証する」(ともに「現成公案」巻からの取意)ありようへの帰入を求めている。類似した表現は、『正法眼蔵』の随所に見出すことが出来る。これは、道元禅師の言説の本質に関わる1つである。そしていうまでもないことだが、「人の強為」が「人為解」に相当し、「法の云為」が「自然解」に相当する。

つまり、里見氏はこの「自然解」を『三田評論』に発表した昭和3年の段階で、かくの如くの“悟境”に達していたはずなのだが、昭和28年に書かれた『道元禅師の話』については、何やら敗戦の記録のような内容になってしまっている。しかし、自ら書けないモノを想像してそれらしく書くという「人為解」を用いず、道元禅師の人生や言説に対して、理解した範囲をあるがままに書いたという評価が出来るとも思った。つまり、『道元禅師の話』は、まさに「自然解」そのものだということだ。そう考えてみると、あの作品もまた、別様の評価や見方が出来るような気がする。我々はどうしても、頼まれた仕事というのは、こなさなければならないとばかり考えてしまい、酷い時には依頼の内容に意図的な偏向的解釈を加えてでも進めてしまうものだが、それはやはり不健全だ。

その意味で、「自然解」をもって書く営みは、周囲からはやきもきされるかもしれないが、やっぱり自然なんだから、本人としては一番良いのかもしれない。

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