現在、曹洞宗の行持体系でこの言葉を聞く時というのは、善知識による上堂が終わった時に、白槌師が槌砧を鳴らして唱えるものと理解されている。当然、出典が存在し、元々は『華厳経』辺りの言葉のようだが、それがやや文言を変えて禅宗に取り入れられて、今のような言葉になった。禅宗に於ける出典としては、やはり次のような問答が有名であろう。
挙す、世尊一日陞座す。
文殊白槌して云く、「諦観法王法、法王法如是」。
世尊便ち下座す。
『碧巌録』第92則、『従容録』第1則
臨済宗、曹洞宗という日本を代表する禅宗諸派の淵源に当たる中国禅宗の公案集に、ともに同じ内容の問答が引かれている。我々は特に『従容録』から、この一則を「世尊陞座」として親しんでいる。仏陀が座に上られて(これを陞座という)、その時に現在でいうところの、白槌師(助化師)である文殊菩薩は、直ちに「明らかにこの法王の法を観よ、法王の法とはこのような者だ」といった。そして、世尊は、自らの法王法が説き尽くされたことを受けて、直ちにその座を降りたのである。まさに、身口意の三業を包摂して行われた、偉大な説法である。
我々はこの故事を受けて、現在でも、上堂の終わりにこのように唱えるのだが、世尊は無言でもって法王法を説き尽くしたことを思うと、我々は随分と「多言を弄している」印象を拭えない。ただ、中国の清規から既に、上堂の終わりにこの語を用いることが確認出来るので、そうなるとこの言葉は、まさに言語を弄しようとしまいと、説法全般にわたって評する適語として理解されているといえよう。禅宗の祖師方は、自らの上堂・説法がまさに仏陀の直説に繋がることを自覚していたのである。
これを、どうしても知的に仏教を理解することでもって事足れりとしたい人は、禅宗に於ける「不立文字」などを批判するけれども、この批判はお門違いであるし、もし知的に理解しようとしても、不立文字は矛盾無く受容できるはずである。その理由としては、不立文字は、それとしての論理的妥当性があるためだ。それは、日本に黄檗宗を伝えた隠元隆?禅師が、中国におられたときに仰った説法の中に「山川草木、仏法に非ざること無し」と説いていることからも明らかである。我々は、文字の「特殊性」を批判しているのであって、それは、次のような教えからも明らかである。
いはゆる経巻は、尽十方界これなり、経巻にあらざる時処なし。勝義諦の文字をもちい、世俗諦の文字をもちい、あるいは天上の文字をもちい、あるいは人間の文字をもちい、あるいは畜生道の文字をもちい、あるいは修羅道の文字をもちい、あるいは百草の文字をもちい、あるいは万木の文字をもちいる。このゆえに、尽十方界に森森として羅列せる長短方円、青黄赤白、しかしながら経巻の文字なり、経巻の表面なり。これを大道の調度とし、仏家の経巻とせり。
『正法眼蔵』「仏経」巻
このように、道元禅師は「仏陀の教えが書かれた」経巻について、尽界が文字だとしているため、ここから漏れたる物は無い。よって、仏陀の悟りの文字である勝義諦、或いは一般世間で用いる文字である世俗諦、天上、人間、畜生、修羅などの諸界の文字、それらが実は仏陀の経巻そのものなのである。拙僧つらつら鑑みるに、曹洞宗に於ける「無情説法」は、道元禅師が指摘されるように、有情・無情の相対そのものを破する無情説法であり、洞山良价禅師以来の重要命題である。よって、我々はこの無情説法に参じることをこそ、「諦観法王法」というのであり、如実の法の説かれたる状況を「法王法如是」としているのである。この時「如是」とは、特定の事象に収束するための言葉では無い。まさに「是の如し」としかいえないような無限定に開かれた、これから罣礙=存在を生み出そうとしている、潜勢態としての修行ネットワークをそのままに示す事実を「如是」という。
道元禅師に於いて、「罣礙」とは煩悩による妨げでは無くて、まさにこの具象的世界がある事実を指すのである。そのことに気付けるかどうかが、この「法王法如是」の真意であって、我々は上堂に参じる際に、常にそれを問われているのである。
この記事を評価して下さった方は、
にほんブログ村 仏教を1日1回押していただければ幸いです(反応が無い方は[Ctrl]キーを押しながら再度押していただければ幸いです)。
これまでの読み切りモノ〈仏教10〉は【ブログ内リンク】からどうぞ。
挙す、世尊一日陞座す。
文殊白槌して云く、「諦観法王法、法王法如是」。
世尊便ち下座す。
『碧巌録』第92則、『従容録』第1則
臨済宗、曹洞宗という日本を代表する禅宗諸派の淵源に当たる中国禅宗の公案集に、ともに同じ内容の問答が引かれている。我々は特に『従容録』から、この一則を「世尊陞座」として親しんでいる。仏陀が座に上られて(これを陞座という)、その時に現在でいうところの、白槌師(助化師)である文殊菩薩は、直ちに「明らかにこの法王の法を観よ、法王の法とはこのような者だ」といった。そして、世尊は、自らの法王法が説き尽くされたことを受けて、直ちにその座を降りたのである。まさに、身口意の三業を包摂して行われた、偉大な説法である。
我々はこの故事を受けて、現在でも、上堂の終わりにこのように唱えるのだが、世尊は無言でもって法王法を説き尽くしたことを思うと、我々は随分と「多言を弄している」印象を拭えない。ただ、中国の清規から既に、上堂の終わりにこの語を用いることが確認出来るので、そうなるとこの言葉は、まさに言語を弄しようとしまいと、説法全般にわたって評する適語として理解されているといえよう。禅宗の祖師方は、自らの上堂・説法がまさに仏陀の直説に繋がることを自覚していたのである。
これを、どうしても知的に仏教を理解することでもって事足れりとしたい人は、禅宗に於ける「不立文字」などを批判するけれども、この批判はお門違いであるし、もし知的に理解しようとしても、不立文字は矛盾無く受容できるはずである。その理由としては、不立文字は、それとしての論理的妥当性があるためだ。それは、日本に黄檗宗を伝えた隠元隆?禅師が、中国におられたときに仰った説法の中に「山川草木、仏法に非ざること無し」と説いていることからも明らかである。我々は、文字の「特殊性」を批判しているのであって、それは、次のような教えからも明らかである。
いはゆる経巻は、尽十方界これなり、経巻にあらざる時処なし。勝義諦の文字をもちい、世俗諦の文字をもちい、あるいは天上の文字をもちい、あるいは人間の文字をもちい、あるいは畜生道の文字をもちい、あるいは修羅道の文字をもちい、あるいは百草の文字をもちい、あるいは万木の文字をもちいる。このゆえに、尽十方界に森森として羅列せる長短方円、青黄赤白、しかしながら経巻の文字なり、経巻の表面なり。これを大道の調度とし、仏家の経巻とせり。
『正法眼蔵』「仏経」巻
このように、道元禅師は「仏陀の教えが書かれた」経巻について、尽界が文字だとしているため、ここから漏れたる物は無い。よって、仏陀の悟りの文字である勝義諦、或いは一般世間で用いる文字である世俗諦、天上、人間、畜生、修羅などの諸界の文字、それらが実は仏陀の経巻そのものなのである。拙僧つらつら鑑みるに、曹洞宗に於ける「無情説法」は、道元禅師が指摘されるように、有情・無情の相対そのものを破する無情説法であり、洞山良价禅師以来の重要命題である。よって、我々はこの無情説法に参じることをこそ、「諦観法王法」というのであり、如実の法の説かれたる状況を「法王法如是」としているのである。この時「如是」とは、特定の事象に収束するための言葉では無い。まさに「是の如し」としかいえないような無限定に開かれた、これから罣礙=存在を生み出そうとしている、潜勢態としての修行ネットワークをそのままに示す事実を「如是」という。
道元禅師に於いて、「罣礙」とは煩悩による妨げでは無くて、まさにこの具象的世界がある事実を指すのである。そのことに気付けるかどうかが、この「法王法如是」の真意であって、我々は上堂に参じる際に、常にそれを問われているのである。
この記事を評価して下さった方は、

これまでの読み切りモノ〈仏教10〉は【ブログ内リンク】からどうぞ。