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正法にあふ今日のわれらを願うべし

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普段読み慣れているとはいえ、実際に関心を持って見るとその都度気付かされるところがある『修証義』ではありますが、先日「第五章 行持報恩」を読んでいたところ、以下の一節が気になりました。

静に憶うべし正法世に流布せざらん時は身命を正法の為に拠捨せんことを願うとも値うべからず、正法に逢う今日の我等を願うべし。
    『修証義』「第五章 行持報恩」

前後の文脈は、こちらで補填してしまいますが、この文脈とは、前章「発願利生」を承けて、そのような発心を行うのは、まさにこの世界に生まれた者であり、そもそもこの世界に生まれていたこと自体が、この世界に生まれたいと願う心が元になっていることを自覚し、そして釈迦牟尼仏の教えに見えたことを喜ぶべきだとされているのです。しかし、正法が世に流布していないような世界に於いては、正法のために我が身命を抛捨することを願っても意味が無いのだから、まずは正法に遇うことを願うべきだというのです。そして、正法を伝える、無上菩提を演説する師への従い方が説かれています。この辺は以前、【お金を食べるってカネゴンか?】という記事でも書いたところなので、合わせてご参照いただくと良いでしょう。

さて、この『修証義』ですが、これは大部分で道元禅師の『正法眼蔵』にその出典を持ちます(第三章を中心に、出典が違う箇所もある)。そして、この先に引用した箇所は、以下の箇所を出典とします。

しづかにおもふべし、正法、よに流布せざらんときは、身命を正法のために抛捨せんことをねがふとも、あふべからず。正法にあふ今日のわれらを、ねがふべし、正法にあふて身命をすてざるわれらを、慚愧せん。はづべくは、この道理をはづべきなり。
    『正法眼蔵』「行持(下)」巻

これは、香厳智閑禅師の偈頌に対する提唱として、特に殉死の問題を取り扱った箇所で用いられている文脈です。道元禅師は殉死を認めています。しかし、それは、徒にこの世間にて権力を揮う「小臣」のためにではなくて、仏法・無上道のために殉死すべきだというのです。この提唱は、徐々に主従関係が構築され、その中で命を以て、自らの責任などを果たそうとする武士階級の台頭と無関係であるとはいえないでしょう。それがために、道元禅師はこう嘆かれます。

小臣につかはれ、民間に身命をすつるもの、むかしよりおほし。をしむべき人身なり、道器となりぬべきゆえに
    同上

この「むかしよりおほし」という一節に、この小臣に使われ殉死するという弊風が、徐々に流行しつつあった時代性を感じるべきだといえます。また、道元禅師がそれを惜しむのは、単純に命が大切だからではなくて「道器」となるべきだったのに、それをせずに殉死したことを悼んでいるのです。かつて、【人人悉く道器なり】という記事にて、瑩山禅師の言葉を紹介しましたが、これは両祖ともに同じ思いであったことは疑いないところです。仏道を学ぶべき人器であるというのは、等しく誰にとってもいえることです。しかし、自覚がないので、それが出来ないのです。

よって、世に正法に遭えない時代には、まずは正法に遭えることを願うべきだと道元禅師は示されるのです。そして、正法に遇えば、ただちに身命を捨てて、仏法のために殉死するべきであり、世俗で命を以て責任を取らないことを恥じるくらいなら、仏法に対して命を捨てないことを恥じるべきなのです。我々は急がなくても誰しも命を捨てるのです。生死事大・無常迅速というのは、世の道理であります。問題は、この事実に気付かず、世の有為なる法にしたがって命を無駄にしようとすることです。様々な価値観がいわれる時代だからこそ、いっそのことそれらを全て抛って、仏法の世界に入る出家道というのがあっても良いと思うのです。それは、一切の世俗との関係を断ち切る「棄恩入無為」です。

ただし、これは現実からの逃避ではありません。むしろ、入無為の言葉にあるように、逃げるべき対象を忘れてしまうことです。まだ逃げているだけでは、ただの逃有為だといえますし、それは棄恩していないのです。あくまでも恩を前提に、それへの無責任でしかないといえます。棄恩入無為とは、世俗の世界で責任を全うし、その全うの中で、命を以て報いるべきだという時に、捨てなければならない命を使って仏道修行すること、いや責任を果たすべき相手に理解して貰って、修行させていただくというのが正しい表現です。仏道修行の世界には、この要素が絶対に残り続けなくてはなりません。よって、いたずらに社交的な公共性を前提に、宗教法人を評価するような今の世間の風潮には、拙僧、全く納得出来ないのです。

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