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雪竇智鑑禅師と威音王の教え

雪竇智鑑禅師(1105〜1192)とは、中国曹洞宗の法系に連なる人で、我々日本曹洞宗からしても、道元禅師の本師の本師(師翁)に当たる人になる。その人が、このような言葉を残しているので、参究してみたい。

雪竇鑑、海山に入る。発明の後、乃ち曰く「威音王前に、師無くして自ら証す。威音王後、師無くして自ら証する者、即ち邪魔外道なり」。
    『五家正宗賛』巻第三

『五家正宗賛』というのは、中国宋代の希叟紹曇が1254年に刊行した著作で、74人の禅僧の大悟時の言葉を集めたものである。特に臨済宗で用いられた文献であるが、「五家」とある通り、曹洞宗の関係者の言葉も収録されている。ここで出ているのは雪竇智鑑禅師が大悟した後に発した語である。

内容としては、「威音王」の前後を問うている。「威音王」というのは、『妙法蓮華経』「常不軽菩薩品」に説かれている、過去荘厳劫最初の仏(威音王仏)であるとされ、辺際を絶したとんでもないくらいの遠い過去を意味する言葉である。ここから、我々の思慮分別が及ばない事象を「威音王よりも前」などというわけである。

智鑑禅師は、威音王仏より前は、師無くして自ら証するという。これは、思慮分別が及ばない事態に於いては、ただ「自覚」しかないといえる。この「自覚」とは、無の自覚である。無の自覚というのは、無への自覚ではなくて、無そのものが自覚する事態をいい、無からの自覚を指す言葉である。一切の相対的事象を絶した絶対の無の自覚、それが威音王前の事態であり、だからこそ、師資という相対的関係が成立し得ない、「自証」しかない世界をいう。このような師資(自他)関係以前の「自証」のみの状況を、「自受用三昧」とはいわれる。「自受用三昧」とは、他者を想定しない三昧である。絶対の自己のみの世界である。如来が自ら証した三昧世界に於いて、自ら悟り、その悟りを自ら享受することをいう。または、「自証三昧」ともいう。これもまた、「自他」分別の及ばない状況での三昧である。

しかし、では「威音王後」はどうであろうか?これは、今度は思慮分別が及ぶ、まさにこの我々が生きる世界である。我々が生きる世界では、師を持たずにただ証したと名乗る者は、今度は仏道に害を及ぼす存在になってしまう。或いは仏道以外の存在である。無師独悟は仏道以外の存在である。逆に言えば、通常の仏道は面授嗣法が基本である。師に就いて指導を仰ぎ、その師の三昧中にあって坐禅弁道するからこそ、我々は得悟するのである。

思慮分別の及ばない世界に於いては、無師独悟であり、思慮分別の及ぶ世界に於いては、面授嗣法である。この両者は実践的に統合しうるのだろうか。実は、ここに大悟徹底と、面授嗣法とが両立しうる回路が開かれている。我々の「悟」とは、無からの自覚を伴っている。同時にそれは「無への自覚」でもある。この無とは一切の思慮分別を否定しているがために、普遍でもある。普遍とは無内容ということである。無内容を大悟するというより、大悟が無内容である。だからこそ、不染汚でもある。

そして、それは同時に実践的には面授嗣法に促される。それは無の自覚の「延長」が系譜化することをいう。無の自覚の延長とは、無の自覚が無の自覚に於いてしか共有され得ないことをいい、だからこそ、無の自覚が系譜化されていく。無の自覚が無の自覚と共鳴する。共鳴は無の自覚であるので、絶対からの自覚が絶対からの自覚に相対するが、この相対は何処までも、「不思量にして現じ、不回互にして成ず」である。よって、直接的な相対でもない。無の自覚が最初に自らを否定し、その否定が契機となって現実化する時、それが相対となるため、ただの相対ではない。それが独立としての成、不回互にして成である。有は自らを否定しても、相対的無に留まるが、無は無であるが故に徹底した否定が行われ、そこに有が成立する。この有とは絶対有であるが、絶対有が絶対有と相対する。この相対こそが面授嗣法である。

よって、坐禅によって大悟したと自称する者が、その自己満足に沈淪する時、それは最早大悟ではない。大悟しているからこそ、謙虚に四恩に礼拝する者こそが仏道を歩む存在である。

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