改めて正法寺本『弁道話』について（１）

拙僧自身、以前から『弁道話』の撰述場所を「安養院」とするのに、強い違和感を憶えていた。実際、玄透開版本『弁道話』では、撰述時期を「寛喜辛卯中秋日　入宋伝法沙門道元記」とは記すけれども、撰述場所は示さない。それを「安養院」に定めたのは、江戸時代の学僧・面山瑞方師である。面山師が用いたこの安養院という寺院名は、道元禅師が門人の了然尼に宛てて、寛喜３年(1231)７月に書かれた法語の奥付に出る。なお、この法語は『永平広録』巻8-法語12とほぼ同じものであり、可睡斎及び了然尼と俗縁にある明里家が蔵する。

よって面山師は、道元禅師の『弁道話』は、書かれた時期から安養院での撰述であったとされるのであり、更に、安養院についての消息も触れて、深草と結びつけるのである。

此の弁道の話は深草の安養院にての御撰述にして、山城名跡志巻十三に云、当時は初め禅宗道元和尚の所開、中比は真言、近世は改浄土とあり。
　　　　『正法眼蔵聞解』「弁道話」

だが、これについては、正直申し上げて、根拠の乏しい見解だといわねばならない。そして、今一つ確認しなくてはならないのが、『弁道話』の草案本系統とも言われる陸奥正法寺所蔵の同巻である。正法寺本では、この辺の内容について、以下のように記されている。

入宋伝法沙門住観音導利院道元記

「観音導利院」だと示されている。そう考えると、ちょっと厄介な問題も出てくる。それは、道元禅師の観音導利院入寺時期についてである。なお、『弁道話』は、奥書に依れば寛喜3年（1231）8月15日に示されたものである。そして、伝記的な資料に依れば、この時期はまだ、観音導利院には落ち着いていないはずなのだ。例えば、次のような一文は如何だろうか？

是の如く、諸師の聴許を蒙り、天童の印証を得て、一生の大事を辨し、累祖の法訓を受て、大宋宝慶三年、日本安貞元年丁亥歳、帰朝し、初めに本師の遺跡建仁寺に落ち着き、且らく修練す。時に二十八歳なり。其後勝景の地を求め、隠栖を卜するに、遠国畿内有縁檀那の施す地を歴観すること一十三箇処、皆意に適はず。且らく洛陽宇治郡深草の里極楽寺の辺に居す。即ち三十四歳なり。
　　　　瑩山禅師提唱『伝光録』第51章

このように、瑩山禅師は道元禅師が深草の、極楽寺の辺（いわゆる観音導利院だと思われる）に落ち着いたのは、34歳の時だという。年号に直せば、天福元年（1233）である。そうだとすると、先の如く、寛喜3年の段階で、「住観音導利院」というのは、やや早すぎる感がある。この矛盾を、どういう風に決着するべきなのだろうか？

（１）正法寺本『弁道話』奥書が間違い

まずは、この可能性を疑ってみるべきであろう。確かに玄透開版本では、住居を示しておらず、「安養院」だとするのも、江戸時代の面山師の見解でしかない。それを思えば、正法寺本で「観音導利院」を住居とするのは、問題がある可能性が高い。何かの伝写の折りに、付加されてしまったものだろうか。

（２）『伝光録』本文が間違い

後は、こちらの可能性である。確かに、34歳で極楽寺の辺に落ち着くというのはちょっと遅すぎる感じもしないでもないのだ。例えば、道元禅師の『典座教訓』では、このように示す。

帰国して以降、建仁に駐錫すること一両三年・・・

つまり、道元禅師28歳の時に帰国されて、その後、京都建仁寺に１〜３年程滞在された、という内容であろう。そうなると、29〜31歳の何れかの時には、建仁寺を出たことになる。すると、正法寺本に見える「住観音導利院」という話と重なってくるとはいえる。ただ、正直、この『典座教訓』の記述は、意味が分からない。何故、こんなややこしく「一両三年」と書かねばならなかったのか。拙僧などは、この間に、先の『伝光録』の記述の通り、日本各地で自分の寺を開く場所を探していたのではないかと推測しているのだが、それでも、３年ほどのブランクが空いてしまう。

いや、しかし、これはブランクではないのかもしれない。要するに、「一両三年」については、１年と２年と３年ほどいたという意味なのかもしれない。そうなると、合計して「６年」になり、34歳の時に「極楽寺の辺」に落ち着いたという『伝光録』の記述と合致する。

まぁしかし、この辺については本当に良く分からない。よって、推測を重ねるしかないのだが、それにも限界がある。『弁道話』は、これまで多くの参究・研究が重ねられてきたはずだが、それでもまだこのような現状である。

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