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或る「八大人覚」の話

・・・先日、15世紀に入って編集された道元禅師の伝記である『建撕記』を見ていたところ、ちょっと不思議な文脈に出会った。よって、今日はそれを記事にしてみたい。

 建長四年、今夏之比より微疾まします。最後之教誨は正法眼蔵八大人覚の巻也。此教誨は仏の遺教経をもととして遺言也と見えたり。
 一者小欲、名利を求ることなかれ、無欲ならば憂もなし、諸の功徳を自生する也。
 二者知足、此心は世間の苦悩をのがれんと思ば、富貴の人も其生れつきまで、貧人も生れつきまで、我れより下の貧を憐み、上の望なしぞとなり。人々我が身の上を満足と思へば、更不足なし。
 三者楽寂静、心は人間の事を捨て、山林に深く閑居すれば、諸天にも万人にも重ぜらるる也。
 四者勤精進、心は出家人、我が勤行を能くつとめすれば、求る事、皆な叶う。をこたれば不叶也。
 五者不忘念、心は善知識にならんと思は、〈善念ならば〉一念もさしをく事なかれ、其時は煩悩も自ら不来。
 六者修禅定、心は心を静にをさめて坐禅せよと也、此時自ら世間無常の道理を得る也。
 七者修智慧、心は若し智慧ある人は万の物をむさふる事なし、此理りを能察して莫失念也、如教ならば、暗時灯を得が如し。
 八者不戲論、心は何事にも戲れ論ずる事なかれと也、戲は心ろ乱る也、静に死すべき事を思へと也。
 此八大人覚之理を不知、仏弟子に非ずと仰被と云々。
   読みやすさを鑑み表記の一部を改める

この記載について、拙僧思うところが沢山ある。その第一として、現存する『正法眼蔵』「八大人覚」巻にて最古のものは、永光寺にある12巻本と、永平寺にある28巻本に収められるものになるわけだが、内容的にその両方と全く関係が無いというのは一体どうしたことか?もし、『建撕記』が当時の「永平寺」または「宝慶寺」にあった資料を用いて編まれたというのなら、この「八大人覚」に相当する文脈が残されていても良さそうなのに、無い。いや、こういう言い方は正しくなくて、「拙僧は見たことがない」というのが正しい。そして、それでは何の解決にもならない。

本当に、これはどこから来たのだろう?当然「八大人覚」というのは、『遺教経』を始めとして、幾つかの大乗経典で説かれることであるから、そういう経典、或いはその註釈書などとの関わりがあるのか?と思っていたのだが、拙僧が拙い調査を行った限りでは、それも無いようだ。そもそも、「八大人覚」のことを説いた註釈書は、そんなに多く見られるわけではない。よって、無論のこと、かつて録されずに、拙僧が見ていないものも沢山あるはずだ。それがあることを前提にしつつも、しかし、この文書自体が註釈の一かもしれないとも思う。

そう考えてみると、少なくとも、この八大人覚の教えは非常に分かりやすいが、文章としてこなれていない問題もある。「第三 楽寂静」以降、解釈に「心は」と入っているが、これはただ「肝心なところは」という意味であって、あってもなくても良いように思う。現に、小欲には無く、知足には「此心は」と入るが、他と違う。なお、このように述べてはみたが、この『建撕記』の録者も、道元禅師の「八大人覚」巻は読んでいたはずである。だからこそ、「最後之教誡」或いは「此八大人覚之理を不知、仏弟子に非ず」という指摘が入っているのだろう。これらはそれぞれ、以下の文脈に対応する。

 仏言、汝等比丘、常当一心勤求出道。一切世間動・不動法、皆是敗壊不安之相。汝且止、勿得復語。時欲将過、我欲滅度。是我最後之所教誨。
 このゆえに、如来の弟子は、必ずこれを習学したてまつる。これを修習せず、しらざらんは、仏弟子にあらず。これ如来の正法眼蔵涅槃妙心なり。
    「八大人覚」巻

これの部分部分を抜き出したのが、『建撕記』に見える「八大人覚」の前後に見える文章である。よって、読んでいなかったはずはない。しかし、道元禅師の「八大人覚」巻として現存する文章とは明らかに違う。これが謎なのである。謎というのは、そもそも現存する道元禅師の説が違っているのか?それとも、『建撕記』の録者が見た物が違っているのか?という問題である。冒頭にも述べたが、もし『建撕記』を永平寺で書いたとなると、見ていたのは28巻本か?それとも、永光寺に伝わった12巻本の更に原型となるものか?この辺は以前【「八大人覚」巻の奥書の話(草稿)】という記事でも書いたけれども、いまだ書誌学的には決着が付いていないはずである。よって、この『建撕記』のそれも、この問題が抱える一部に組み込まれてしまうということなのであろう。やれやれ・・・

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