前回の【（１１ａ）】に引き続いて、無住道曉の手になる『沙石集』の紹介をしていきます。
『沙石集』は全１０巻ですが、今回紹介する第９巻は、嫉妬深い人・嫉妬が無い人、他にも愚かな人や因果の道理を無視して好き勝手するような者などを事例として挙げながら、我々人間の心にある闇、或いは逆に爽やかな部分を無住が指摘しています。具体的には以下のような内容があります。今回は「二五 先世房の事」を使ってみたいと思います。掻い摘んでお話しをしますと、これは、自分に起きることを全て「前世の事」とのみ嘆じて、喜怒哀楽の感情を見せなかった者のお話しから転じて、無住が過去現在未来に渡る因果の話などをまとめた一節です。
実に何事であっても、前世の行いの結果の報いであり、貧富・苦楽は、私が作り出し、その結果を受けていることを、愚かな者は知らないのである。人が与えた物であるとのみ思う。「三界はただ一心である。心の外に別の法は無い」といって、一心から三界六道を作り出して、その中に苦楽を受けるのである。心の外に、一つの物として私を犯す事柄はない。そうであれば、善い行いの報いにより善い結果を受け、悪い行いの報いとして苦しい結果を受けさせる。苦楽は皆、心から出たのである。
１つの水を、人は水と見て、餓鬼は膿と見て、魚は部屋や家と見て、天人は青色の宝石であると見る。釈迦の浄土を、舎利弗は穢れた土地であると見て、頭髪を束ねた梵天王は菩薩が誓願を叶えて生まれた土地だと見るようなものである。
対象には、清いも穢れもない。人の側に好き嫌いがあるのである。そうであれば、前世の行いの報いであると思って、いかなる不幸せなことが来ても、災厄が来ても、人を羨み、世を恨んではならない。「怨みをもって怨みに報いようとすれば、怨みは遂に尽きることがない。草をもって火を消そうとするようなものである。恩をもって怨みに報いようとすれば、怨みは遂に尽きてしまうのである。水をもって火を消そうとするようなものである」といっている。ただ、昔の罪作りな行いを懺悔して、今更次の世に報いるような原因を作ろうとしてはならない。
拙僧ヘタレ訳
前回同様、いや、前回以上に問題点が見出せてしまう無住道曉の見解ですが、あくまでも歴史的事例として採り上げてみたいと思います。或いは、拙僧自身が、このように思え、生きられるかどうかを確認するために、考えてみたいと思います。なお、何故問題になるかといえば、現在様々な形で差別を受け、虐げられる人に対し、その改善をともに手を携えて模索し、社会に於いて実践していくべきなのに、本人に問題があるとばかり述べて、結果的に差別を助長してしまう、という批判が来るかと存じます。
よって、それを過去の反省に基づき、良い方向に変えていく努力を忘れてはならないというのが、今の曹洞宗が取り組む人権問題の実際のところであろうと思います。拙僧も、無論そのことを知らないわけではありませんし、その改善に、ともに携わっていきたいとも思います。
さて、それでは後はこの無住の見解を考えていきたいと思いますが、これは現代でも無視出来ないことであろうと思います。何故かといえば、そもそも「平等」であるということが、何を意味するかと慎重に考えねばならないからです。これは、それが良いということを前提に申し上げるのではなくて、あくまでも人の心根の事実を申し上げたいと思いますが、人の心というのは、とても複雑に出来ています。「平等」の感じ方も、側にいる人と全く同じ生活条件にあることでもって「平等」と感じる人もいるでしょうし、一方で人より上にあると感じることで平等だと思う人もいるでしょう。人より下にいると感じることで平等に思う人もいるでしょう。
意外なことですが、往々にしてそのような「平等感」は、現実に存在します。そうなると、後は、結局「平等」という定義を外から当て嵌めて良いかどうかという話になります。無住の見解に見える「一水四見」の考えは、そのような特定の事象の価値決定が、どこまでもその主観に依存することを道理として構築されたものです。或いはその主観の限界を指し示すものでもあります。我々は、どのような価値観からも自由でいるつもりでいて、意外とそんなに簡単ではないのです。無住がいうようなことは、この自由でいるための方途であるのです。怨みを抱くような想いをしたとき、それに対して、相手が悪いからといって怨みを抱くのは簡単なことです。そして、怨みというのは、容易には心には出てこないもの、おそらくその相手が悪い場合が多いのでしょう。しかし、それは、余りに「普通」過ぎます。
古来から、仏道というのは、世俗的な価値とは一線を画するといいます。つまり、仏道に於いては、そんなに簡単に、怨みに対して怨みで報いないのです。その時、自分自身の心のあり方に眼を向ける必要があります。
【参考資料】
・筑土鈴寛校訂『沙石集（上・下）』岩波文庫、1943年第１刷、1997年第３刷
・小島孝之訳注『沙石集』新編日本古典文学全集、小学館・2001年
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『沙石集』は全１０巻ですが、今回紹介する第９巻は、嫉妬深い人・嫉妬が無い人、他にも愚かな人や因果の道理を無視して好き勝手するような者などを事例として挙げながら、我々人間の心にある闇、或いは逆に爽やかな部分を無住が指摘しています。具体的には以下のような内容があります。今回は「二五 先世房の事」を使ってみたいと思います。掻い摘んでお話しをしますと、これは、自分に起きることを全て「前世の事」とのみ嘆じて、喜怒哀楽の感情を見せなかった者のお話しから転じて、無住が過去現在未来に渡る因果の話などをまとめた一節です。
実に何事であっても、前世の行いの結果の報いであり、貧富・苦楽は、私が作り出し、その結果を受けていることを、愚かな者は知らないのである。人が与えた物であるとのみ思う。「三界はただ一心である。心の外に別の法は無い」といって、一心から三界六道を作り出して、その中に苦楽を受けるのである。心の外に、一つの物として私を犯す事柄はない。そうであれば、善い行いの報いにより善い結果を受け、悪い行いの報いとして苦しい結果を受けさせる。苦楽は皆、心から出たのである。
１つの水を、人は水と見て、餓鬼は膿と見て、魚は部屋や家と見て、天人は青色の宝石であると見る。釈迦の浄土を、舎利弗は穢れた土地であると見て、頭髪を束ねた梵天王は菩薩が誓願を叶えて生まれた土地だと見るようなものである。
対象には、清いも穢れもない。人の側に好き嫌いがあるのである。そうであれば、前世の行いの報いであると思って、いかなる不幸せなことが来ても、災厄が来ても、人を羨み、世を恨んではならない。「怨みをもって怨みに報いようとすれば、怨みは遂に尽きることがない。草をもって火を消そうとするようなものである。恩をもって怨みに報いようとすれば、怨みは遂に尽きてしまうのである。水をもって火を消そうとするようなものである」といっている。ただ、昔の罪作りな行いを懺悔して、今更次の世に報いるような原因を作ろうとしてはならない。
拙僧ヘタレ訳
前回同様、いや、前回以上に問題点が見出せてしまう無住道曉の見解ですが、あくまでも歴史的事例として採り上げてみたいと思います。或いは、拙僧自身が、このように思え、生きられるかどうかを確認するために、考えてみたいと思います。なお、何故問題になるかといえば、現在様々な形で差別を受け、虐げられる人に対し、その改善をともに手を携えて模索し、社会に於いて実践していくべきなのに、本人に問題があるとばかり述べて、結果的に差別を助長してしまう、という批判が来るかと存じます。
よって、それを過去の反省に基づき、良い方向に変えていく努力を忘れてはならないというのが、今の曹洞宗が取り組む人権問題の実際のところであろうと思います。拙僧も、無論そのことを知らないわけではありませんし、その改善に、ともに携わっていきたいとも思います。
さて、それでは後はこの無住の見解を考えていきたいと思いますが、これは現代でも無視出来ないことであろうと思います。何故かといえば、そもそも「平等」であるということが、何を意味するかと慎重に考えねばならないからです。これは、それが良いということを前提に申し上げるのではなくて、あくまでも人の心根の事実を申し上げたいと思いますが、人の心というのは、とても複雑に出来ています。「平等」の感じ方も、側にいる人と全く同じ生活条件にあることでもって「平等」と感じる人もいるでしょうし、一方で人より上にあると感じることで平等だと思う人もいるでしょう。人より下にいると感じることで平等に思う人もいるでしょう。
意外なことですが、往々にしてそのような「平等感」は、現実に存在します。そうなると、後は、結局「平等」という定義を外から当て嵌めて良いかどうかという話になります。無住の見解に見える「一水四見」の考えは、そのような特定の事象の価値決定が、どこまでもその主観に依存することを道理として構築されたものです。或いはその主観の限界を指し示すものでもあります。我々は、どのような価値観からも自由でいるつもりでいて、意外とそんなに簡単ではないのです。無住がいうようなことは、この自由でいるための方途であるのです。怨みを抱くような想いをしたとき、それに対して、相手が悪いからといって怨みを抱くのは簡単なことです。そして、怨みというのは、容易には心には出てこないもの、おそらくその相手が悪い場合が多いのでしょう。しかし、それは、余りに「普通」過ぎます。
古来から、仏道というのは、世俗的な価値とは一線を画するといいます。つまり、仏道に於いては、そんなに簡単に、怨みに対して怨みで報いないのです。その時、自分自身の心のあり方に眼を向ける必要があります。
【参考資料】
・筑土鈴寛校訂『沙石集（上・下）』岩波文庫、1943年第１刷、1997年第３刷
・小島孝之訳注『沙石集』新編日本古典文学全集、小学館・2001年
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