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道元禅師と権力者について

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マルクス主義が猖獗を極めた時代、道元禅師は「反権力者」という評価が罷り通っていた(一例、戸頃重基氏)。無論、それを思わせるような伝記的記述もないわけではない。ところがである。以下のような見解を見てみると、決して単純な事態とは思えないのである。

袈裟をつくる衣財、かならず清浄なるをもちいる。清浄といふは、浄信檀那の供養するところの衣財、あるひは市にて買得するもの、あるひは天衆のおくるところ、あるひは龍神の浄施、あるひは鬼神の浄施、かくのごとくの衣財もちいる。あるいは国王・大臣の浄施、あるいは浄皮、これら、もちいるべし。
    『正法眼蔵』「伝衣」巻

道元禅師は、御袈裟を作るための材料(衣財)は、必ず清浄なものを用いなくてはならないという。その条件を箇条書きにすれば、以下の通りとなる。

・浄信なる檀那の供養物
⇒これは、正しい方法に則って三宝(特に僧侶)を供養しようと願う檀那からの供養物である。
・市にて買った物
⇒当時の日本では、糞掃衣を作りたくても、その辺に布が捨てられるほど生産量があったわけではないため、道元禅師は市場で購入することを認めていた。ただし、その時に用いる金品は、当然檀那からの清浄なる布施でなくてはならない(「袈裟功徳」巻も合わせて参照)。
・天衆・龍神・鬼神などからの布施
⇒いわゆる「冥衆(目には見えない存在)」からの布施である。中世である当時は、目に見える世界である顕と、そうではない冥とが、豊かに交わる世界であった。当然、道元禅師も冥への関心がある。
・国王・大臣の浄施、浄皮
⇒今回問題にしたいところである。

このように列挙してくると、道元禅師は正しく浄施であれば国王や大臣からも布施を受けることを明言されたといえる。つまり、「僧侶は権力者に近付いてはいけない」というテーゼは間違いである。正しくは、「僧侶自らの名利のために、権力者に近付いてはならない」というべきであって、真心からの帰依をしている権力者は、その権力者であることを理由に排除されてはならないといえる。当然だ。我々は「四弘誓願」を保っているが、その1つには「衆生無辺誓願度」とある。権力者は、それはそれとして、衆生であることに違いはない(道元禅師は「礼拝得髄」巻で、女性が女性であることを理由に救済から排除されることが無法であることを、同じ「衆生無辺誓願度」から導いている)。

なお、この文章を見て、違和感を覚えた人は少なくないだろう。特に、『正法眼蔵』を学んでいる方ならば尚更である。ところが、ご注意願いたいのは、『正法眼蔵』というのは、常に「ただ1つの道理だけでは書かれていない」ということだ。「反権力」が基本的だというのなら、それだけかと思いがちだが、上記のような一文も見える。よって、「反権力」というのではなくて、「反名利」である。この辺を誤解している者が多いのだ。ただ、その理由も分かる。

『正法眼蔵』「行持(下)」巻は、或る意味、「反名利」の最たる巻ともいえるが、道元禅師は本師・天童如浄禅師の例を挙げている。それは、当時の天童山もあった「明州」の長官であった趙提挙(宋帝国皇族の1人でもある)が、この者から招かれて法要を説いた際にも、銀1万枚の布施を受けなかったというのである。それは、当時も相当に奇特なことであったようで、「先師にこの事あり、余人にこのことなし」(同巻)と道元禅師は示しているが、このようなことばかりを学んでいると、結局、禅僧とは反権力であれば良い、とばかり考えてしまうものなのだろう。実際には、そうではないというのに。反権力というのは、一時左翼系の知識人が用いた、或る意味、「権力への憧れ」の裏返しである。

現在の民主党政権を見てみれば、その様子が良く分かるだろう。

さて、我々仏教は、実際のところ権力には逆らう必要も無いし、媚びる必要も無い。そもそも持ちつ持たれつであるべきなのだ。本当に仏教の本質が反権力なら、どうして現在のタイ王室やミャンマー軍政が熱心な仏教徒であったのか?

如浄禅師が趙提挙から布施を受けなかった理由について、道元禅師は「たとひ金銀のごとくみるとも、不受ならんは衲子の風なり」(同巻)としているけれども、それは境涯の高みから発せられた或る種の高度な結論であって、実際のところ、如浄禅師は長官が正しく法要を聴受し得たかどうかで受け取りを吟味している(むろん、これも、受け取らないための口実だという人もいるようだが、拙僧はそう思っていない。金を積めば、父親の冥福を祈ることが可能と考えていた長官の態度に対し、如浄禅師は正しく法の道理を会得する「功徳」を優先したと見るべきである。大きな功徳を得たならば、後はそれを回向すれば良いのだ。そして、大乗仏教では『金剛般若経』を引くまでもなく、仏法の道理を得ることは、金銭の喜捨よりも遙かに大きな功徳を得る)。

よって、権力者だから受けなかったというのは、極めて一面的な解釈に過ぎず、実際には、法の道理を如何にして会得するかをストイックに求めた結果が、この受け取り拒否へと繋がったのだ。本当に反権力なら、そもそも官寺である「天童山」に如浄禅師が入るはずもなく、この長官からの呼び出しにも応えなかったはずだ。そのことを見ずに、ただ一事を以て全体を判断してはならない。合わせて、道元禅師が反権力であったというのも、余りに杜撰な理解なのである。

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